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阪田憲次
世界的な経済危機による不況、災害、そして夏の政権交代と「コンクリートから人へ」のスローガンによる逆風、そんな一年が終わり、新しい年を迎えた。このようなときであるからこそ、希望を持って新しい年を迎えたいものである。とは言え、コンクリートという言葉が、きわめて不適切に使われていることに対し、不快感を覚えるとともに、遺憾の意を表したい。このネガティーブキャンペーンは、戦後60年に及ぶ、私達の営為に対するアンチテーゼでもある。したがって、私達は、今、それに対するさらなるアンチテーゼを返すのではなく、両者を見つめ、冷静に判断し、ジンテーゼとして、社会基盤整備がいかにあるべきかを考える契機とすべきではないか。私達の営為が、いつも、すべて善であるとは言えないと思うからである。
2007年11月、国連の「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」の総会において承認された統合報告書によれば、地球温暖化は、きわめて深刻な状況にあることがうかがわれる。この報告書は、40カ国からの600人に及ぶ専門家が、科学的根拠に基づいて発表したもので、その信頼性はきわめて高いと考えられる。最近の報道によれば、世界のCO2排出の現状は、報告書が示した最悪のシナリオに近いものであるとのことである。今や、この状態は、「地球温暖化」というようなマイルドな表現ではなく、"Climate Catastrophe" と称するべきであるとの意見も宜なるかなである。身近なところでも、異常な降雨による洪水や土砂災害など、その影響が顕在化しているように思われる。このように予想される地球温暖化に対しては、温室効果ガスの排出を抑制するための緩和策、ならびに、地球温暖化によって引き起こされる様々な影響に対する適応策が考えられる。
最近、我が国は、2020年までの日本の温室効果ガス排出削減の目標を1990年比で25%減とする方針を世界に向けて発表したが、それを達成するための具体的プログラムは必ずしも明らかでない。
地球温暖化に対する適応策とは、地球温暖化によってもたらされる新たな環境変化に対して国民の安全・安心を確保することであり、それは、政府の言う「国民のいのちと生活をまもる」ことと同義である。そして、それは、地球温暖化がもたらす様々なリスクに対応する社会基盤を適切かつ緊急に整備することによって達成される。
一方、高度経済成長期(1960年代)に大量に建設された道路や橋などの社会基盤が、近い将来、耐用年限を迎え、維持管理や更新のための費用が増大する。すなわち、一般道の橋梁14万橋のうち、その約半数が、2020年までに建設後50年を超える。このような状況は、道路や橋梁だけでなく、ダム・空港・港湾施設においても同様で、社会基盤の高齢化、老朽化が急速に進んでいる。それにもかかわらず、社会基盤整備への投資が、さらに減額されようとしている。このような状況が進めば、「荒廃する日本」の招来が危惧される。公共事業とその費えについての議論はあっても、それが社会基盤整備の是非についての議論にならないことは、まことに残念なことである。コンクリート(社会基盤整備)は、人(生活)と対立するものでは、決してない。
議論すべきことは、"Concrete or Human" ではなく、"Concrete for Human" であるとは、けだし名言である。
社団法人日本コンクリート工学協会
第23代会長
さかた・けんじ