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近年では,コンクリートやモルタル中に繊維を混入した繊維補強セメント系複合材料(FRCC:Fiber Reinforced Cementitious Composites)に関する研究が世界各国で行われています。FRCCは,コンクリートやモルタル等に引張への抵抗性の付与,繊維の架橋効果によるひび割れ幅の制御およびコンクリート片の剥落防止などを目的としており,材料や特性によって様々な種類が挙げられます。
FRCCの分類について図-1に示します。代表的なFRCCの1つである繊維補強コンクリート(FRC:Fiber Reinforced Concrete)は,不連続の短い繊維をコンクリートに混合したものであり,床版や舗装,吹付けによるライニング等に使用されています。FRCには鋼繊維を使用したものが多く,その他にガラス繊維や短繊維,有機繊維なども使用されています。例えば,鋼繊維は,一般に長さ25〜60mm程度,直径0.3〜0.9mm程度であり,コンクリートに対する容積混入率は最大で2.0%です2)。
また,従来から使用されているFRCの他にも,高強度や高靭性な特性を有するFRCの開発も進んでいます。例えば,150N/mm2以上の高い圧縮強度と高い引張靱性をあわせ持った超高強度繊維補強コンクリート(UFC:Ultra high strength Fiber reinforced Concrete)や,引張終局ひずみが数%もある高靱性な複数微細ひび割れ型セメント複合材料(HPFRCC:High Performance Fiber Reinforced Cement Composites)等が挙げられます。なお,近年では引張ひずみ硬化型セメント複合材料(SHCC:Strain Hardening Cement Composites)という用語も,HPFRCCと同様な定義として使用されています。このうち,今回はHPFRCCについて,特徴や適用事例を紹介します。
図-1 繊維補強セメント複合材料の分類1) |
HRFRCCはセメント系材料と補強用の短繊維からなる複合材料であり,一軸引張応力下において鋼材に類似した(1)疑似ひずみ硬化型の引張応力-ひずみ挙動と,(2)高密度な微細ひび割れを生じる挙動を示します。これらの特徴的な挙動により,HPFRCCは引張応力とひび割れ幅拡大への優れた抵抗性を有するため,大きな変形能力を有する高靭性な材料です(図-2参照)。
図-2 HPFRCCの曲げ応力下での変形3) |
1つ目の特徴である(1)疑似ひずみ硬化特性の概念を図-3に示します。本図は,一般的なコンクリートとHPFRCCの引張応力-ひずみ挙動を模式的に図示しています。一般的なコンクリートでは,初期ひび割れが生じた後は荷重への抵抗力を失い,ひび割れ幅が急激に拡大して破壊に至ります。一方,HPFRCCは,初期ひび割れ発生後も荷重への抵抗性を有しており,この引張応力が徐々に上昇する特性を疑似ひずみ硬化特性と呼びます。なお,金属材料が降伏後に示す「ひずみ硬化」とはメカニズムが異なるため,金属材料と区別してHPFRCCでは疑似ひずみ硬化と呼びます。
図-3 HPFRCCとコンクリートとのひずみ挙動の比較4) ※原図をもとに再構成 |
また,2つ目の特徴である(2)高密度な微細ひび割れについて図-4と図-5で説明します。HPFRCCは,短繊維によるひび割れの拘束効果が高く,図-4に示すようにひび割れ部分に架橋した短繊維が引張応力を負担することで,初期ひび割れの発生後に破壊に至らずに第2のひび割れを発生させます。その後も破壊に至らずに,図-5のように次々と複数の新たな微細ひび割れを発生させることで,HPFRCCは見掛け上の大きな引張応力が作用しても耐えることができます。
図-4 ひび割れ部分に繊維が架橋する様子5) |
図-5 ひび割れ進展の状況3) |
なお,HPFRCCの圧縮強度は,30〜60N/mm2であり,引張強度は5N/mm2程度です。HPFRCCの代表的な材料として,ECC(Engineered Cementitious Composites)が知られています。ECCは,マイクロメカニクスと呼ばれる材料の微小要素の挙動を数式化した力学モデルと破壊力学に基づいて設計された材料です。
また,2007年に土木学会から発刊された「複数微細ひび割れ型繊維補強セメント複合材料(HPFRCC)設計・施工指針(案)」では,一軸引張試験において引張終局ひずみが0.5%以上,平均ひび割れ幅が0.2mm以下となる材料をHPFRCCと定めています6)。
HPFRCCは,セメント,細骨材,水等からなるモルタル材料に有機系短繊維を混合した繊維補強モルタルです。
HPFRCCの施工方法には,打込みと吹付けを挙げることができ,それぞれの配(調)合例を表-1に示します。なお,打込みによる施工では,レディーミクストコンクリート工場で製造したHPFRCCを現場まで運搬し,打込みを行います。一方,吹付けによる施工では,既設構造物の補修・補強を目的とした断面修復や表面被覆などに適用されることが多く,練り混ぜたHPFRCCを吹付けて施工を行います。
補強用繊維 | マトリックス | ||||||
繊維 種類 |
繊維径 (mm) |
繊維長 (mm) |
混入率 (%) |
水結合材比 (%) |
骨材結合材容積比 (%) |
単位水量 (kg/m3) |
|
打込み | PVA | 0.04 | 12 | 2.0 | 42.5 | 70 | 375 |
吹付け | PVA | 0.04 | 12 | 2.0 | 32.0 | 45 | 360 |
HPFRCCの配合において,セメントには,流動性や発熱等の観点から中庸熱ポルトランドセメントや低熱ポルトランドセメントが使用されることが多く,混和材にフライアッシュを使用する場合もあります。骨材には細骨材が使用され,HPFRCCが所定の性能を発揮するために短繊維の直径や長さを考慮して適度な粒径を持つ細骨材を選定することが重要です。一般的には粒径の小さい細骨材が使用されることが多いです。また,HPFRCCは,粉体量が多いため単位水量が多く,さらに粗骨材を含まない配(調)合であることから,乾燥収縮の抑制を目的として膨張材や収縮低減剤などの混和材料も使用されます。
短繊維にはポリビニルアルコール(PVA)繊維や高強度ポリエチレン(PE)繊維等の有機系短繊維が使用されますが,PVA繊維の使用実績が多いようです。短繊維の混入率は,容積比で最大2%までとされます。
図-6 HPFRCCに混合される短繊維(ポリプロピレン繊維の例)7) |
HPFRCCは,一般的なコンクリートと比較して粉体量が多く粘性が高いため,オムニミキサやホバートミキサ,強制練りミキサ等の練混ぜ性能や練混ぜ効率が高いミキサを使用して製造されます(図-7参照)。
図-7 HPFRCCの練混ぜの様子3) |
また,HPFRCCに混合する多量の繊維を分散させるために必要な材料分離抵抗性と,繊維の混入により低下する流動性を適切に確保するために,高性能AE減水剤が使用されます。高性能AE減水剤の分散,材料の投入順番やミキサの練混ぜ性能等による影響を受けるため,HPFRCCの練混ぜでは材料の均一性および流動性が確保できるように,材料の投入順序,練混ぜ量,練混ぜ時間などを適切に定めることが必要です6)。
また,粉体材料と短繊維があらかじめ混合されたプレミックス材料も市販されているため,HPFRCCを容易に製造できる体制が構築されています。
HRFRCCは,引張応力やひび割れ幅拡大への抵抗性などを活かして,既に実構造物でも利用されています。土木構造物では,既設構造物の補修・補強を目的としてHPFRCCが利用されることが多く,建築物ではHPFRCCを利用した耐震部材等も報告されています。なお,著者が調査した範囲では土木構造物への適用事例が多く,HPFRCCの代表的材料であるECCを使用した事例が多いようです。
図-8は,美原大橋(北海道江別市,橋長971mの一面吊鋼斜張橋)における道路橋床版の上面増厚補強にECCを使用した事例です8)。疲労損傷が深刻化した鋼床版の疲労耐久性の向上を目的として,ECCを鋼床版上面に打ち込んでECCと鋼床版の合成床版とすることで,鋼床版の剛性を向上させています。なお,鋼床版の上面増厚材料として,大きな引張ひずみが作用した場合でも引張応力を保持できるECCを用いることで合成床版の合成効果を合理的に発揮できるようになっています。
また,美原大橋での上面増厚補強では,全使用量800m3に及ぶECCの大量製造ならびに施工面積約19,000m2の橋面への大規模な施工が必要となりましたが,問題なく施工できたことが報告されています。
図-8 美原大橋における鋼床版の補強でのECCの適用8) |
また,図-9は,アルカリシリカ反応によりひび割れが生じた重力式擁壁において,ECCの吹付けによる表面保護工法を実施した事例です9),10)。補修後にひび割れの再発を防ぐことを目的として,ひび割れ部分での変形能力に優れた補修材としてECCが使用されました。施工後5年が経過した時点での調査においても,ECCの表面に生じたひび割れ幅は0.1mm以下に抑えられていることが確認されています。
その他にも,HPFRCCが有する微細ひび割れの分散効果による水密性の向上を目的として,コンクリート表面にECCを吹き付けた適用事例もあります。例えば,ダムの補修工事への適用事例では,長期間の供用で劣化が深刻であった上流側コンクリート表面にECCを吹き付け,表面保護工を実施した事例が報告されています11)。
図-9 表面保護工法としてECCを吹き付けた重力式擁壁9) |
つづいて,ECCと鋼材を組み合わせた構造部材R/ECC(Reinforced ECCの略称)を紹介します。
一般的な構造形式であるRCでは,圧縮力への抵抗はコンクリート,引張力への抵抗は鋼材,そしてせん断力への抵抗はコンクリートと鋼材の両者が担っています。一方でR/ECCは,コンクリートをECCに置き換えることでECCによる引張応力の負担を期待できることから,RCとは異なり,せん断力だけではなく引張力への抵抗においてもECCと鋼材の累加が期待できます。
このR/ECCが持つ優れた引張性能を活かした耐震構造部材への適用事例が報告されています3),12)。高層RC建築において,居住空間内に柱や梁のない空間を実現するために立体耐震壁(コア壁)を設ける場合があります。コア壁間をつなぐ連結梁に引張性能に優れたR/ECCを用いることで,地震時のエネルギーを吸収させる架構(図-10(a)参照)が考案されており,実建築物への適用が実現しています(図-10(b)参照)。
図-10 R/ECCの耐震構造部材への適用3),12) |
今回,繊維補強セメント複合材料の一種であるHPFRCCについて,材料や性能の概要や適用事例を紹介しました。HPFRCCは大きな変形能力と高い靭性をもち,これまでのセメント系材料では実現できなかったユニークな性能を有しています。今後,その特性を活かした適用方法が広がることで,安全性,使用性,および耐久性に優れるコンクリート構造物の構築にHPFRCCが貢献することを期待しています。