ホーム > コンクリートについて > 月刊コンクリート技術 > 2023年7月号
アルカリシリカ反応(Alkali-silica reaction,以下ASR)や遅延エトリンガイト生成(Delayed ettringite formation,以下DEF),さらには骨材中に含まれる硫化鉱物の酸化によるエトリンガイト生成など,コンクリートには様々な内部膨張反応が存在しており,その劣化リスクが国内外で注目されています。しかし,これらの膨張現象を適切に評価・予測する手法は未だ確立されておらず,研究途上にあります。
このような背景のもと,本学会では2020年に「内部膨張反応によるコンクリートの膨張評価と予測に関するFS委員会」(委員長:川端雄一郎・港湾空港技術研究所),2021年に「微視的機構に基づくコンクリート構造物中の内部膨張評価と予測に関する研究委員会」(委員長:川端雄一郎・港湾空港技術研究所)を設置しました。本委員会においては,内部膨張反応に共通する膨張劣化の基礎理論を改めて見つめ直すとともに,内部膨張反応に関する試験法のあるべき方向性や材料・構造のモデルのあり方を検討し,より実効性のある内部膨張反応リスク評価法を提示することを目指して,調査研究を実施してきました。具体的には,ASRやDEFの微視的機構に基づいたコンクリート構造物中の内部膨張の評価と予測に関する数値解析モデルや促進試験方法,および劣化プロセス・ひび割れの分析手法を整理しました。また,硫化鉄含有骨材による劣化のメカニズムを整理するとともに,地質学的アプローチにより,日本における発生リスクを検討し,提示することに取り組みました。
本稿では,FS委員会からの3年間にわたる委員会活動の概要を紹介するとともに,本年9月に開催するシンポジウムについてご案内いたします。
本委員会では,基礎理論WG,モデリングWG,試験・分析WG,硫化鉄含有骨材WGの4つのWGで具体的な活動を行いました。基礎理論WGとモデリングWGでは,ASRの微視的機構に基づいた数値解析モデルの在り方について議論を行いました。試験・分析WGでは,特にDEFを対象として,実務に即した膨張試験の在り方を議論し,共通試験を実施しました。硫化鉄含有骨材WGでは,硫化鉄を含む骨材の酸化による膨張の海外事例ならびに機構の研究事例を参照するとともに,潜在的リスクを評価する手法について検討しました。WGの具体的な研究成果の一部は既に学術誌論文1), 5), 6)に掲載されております。これらの研究成果は,各WGの活動報告とともにシンポジウムで報告される予定です。以下では,各WGの活動概要を簡単に紹介します。
■基礎理論WG,モデリングWG
基礎理論WGおよびモデリングWGでは,コンクリートの膨張劣化に共通する膨張−ひび割れ−力学特性変化の相互の関係性について,国内外の文献調査結果に基づいて,膨張異方性のモデルを導入した構造解析モデルを概観するとともに,内部膨張劣化が生じた構造物の性能評価において,微視的視点や膨張異方性をモデルに考慮する必要性について議論しました。
文献調査の一例として,ASR劣化した構造部材の力学挙動を評価可能な解析手法を有する国の統計結果を図-1に示します。解析手法を有する国は限られており,その中でも日本の割合が高いことが分かりました。また,ASRおよびDEFを対象として劣化モデルを導入した,国内の解析事例について議論を行った結果,現在提案されている解析手法は部材の剛性や耐力の変化を再現するには不十分であることを確認しました。特に,ASRゲルの生成プロセスに関わる微視的視点や,拘束条件下における膨張異方性,さらに拘束の影響によって生じるひび割れの方向性による力学特性変化の異方性をモデル化に考慮することが重要との認識を共有しました。
図−1 ASRの構造性能影響に関する解析的研究の論文著者が所属する研究機関の国のカウント結果 |
ASRやDEFの膨張異方性の理解・モデル化においては,大きく2つの課題が挙げられます。一つは拘束直交方向の膨張が自由膨張よりも大きくなる現象である,expansion transferの発生メカニズムが未解明であることであり,もう一つは拘束下における力学特性の異方性(ひび割れが拘束と平行方向に進展する等の現象)に関する実験データが非常に少ないことです。このexpansion transferの発生メカニズムと力学特性の異方性のメカニズムについては,内部のひび割れ情報が重要であるものと考えられます。したがって,骨材内部およびモルタル中のひび割れ情報(幅,密度,角度など)から定量的な指標を模索することで,これらの膨張異方性に関する課題を解決できる可能性があり,コンクリート内部のひび割れ情報をいかに抽出するかが重要となります。今後,拘束下における膨張の異方性,ひび割れの発生領域(骨材,セメントペースト),分布,密度,方向などのひび割れ情報と物性の異方性に関する実験データを拡充し,これらの相互関係を解明することが望まれます。
■試験・分析WG
内部膨張反応によるリスクが国内外で注目されておりますが,未だ統一された試験および評価方法は存在しておりません。そこで,試験・分析WGでは内部膨張反応のうちDEFに焦点を当て,DEFのメカニズムの理解やリスク評価のための試験法,各種分析手法を基にした評価・診断方法について検討しました。
まず,DEFに関する国内外の研究における促進試験に関する文献調査を実施しました。その結果,海外では元来,DEFの潜在的なリスクの指標とされているセメントのDEF indexあるいはSO3/Al2O3が高い条件にあり,高温養生後の温冷繰返しや乾湿繰返しによって試験体にマイクロクラックを発生させ,水の供給を容易にすることでDEFを促進していることがわかりました。一方で,日本国内では,K2SO4を添加した上で高温養生を行う促進法が主として実施されています。両者とも,結果的にDEFは生じていますが,モルタルあるいはコンクリートの内部で生じている物理的・化学的現象は異なっている可能性があるとともに,半経験的手法で行われているのが現状です。また,DEFを単に膨張率だけで評価してよいのか,あるいは反応メカニズムの理解やモデルの構築に必要なデータが促進試験で本当に得られるのか,等についてはさらなる研究が必要であると言えます。
上述の主に海外で用いられている高温養生後の温冷繰返し,あるいは乾湿繰返しを行う促進方法と,主に国内で用いられているK2SO4添加の方法とを直接比較した事例はほとんどありません。そこで,K2SO4添加により促進する方法と,温冷繰返しにより促進する方法についてそれぞれ試験要領を定め,複数の機関で試験を実施する共通試験を行いました。共通試験の結果に関しては,委員会シンポジウムにて報告することを予定しています。
さらに,本WGにおいては内部膨張反応の診断の留意点についても取りまとめました。DEFに着目すると,DEFの診断においては,外観の劣化現象が類似するASRや微視的な特徴が類似する他の劣化現象(外部硫酸塩劣化,骨材の乾燥収縮,凍害)と見分けることが重要となります1)。表-1に,DEFおよび外観・微視的特徴が類似する劣化現象の観察における特徴2〜4)と,DEFとの区別における要点を整理して示します。
劣化現象 | 観察における特徴/DEFと区別するための要点 | |
DEF |
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骨材周囲のギャップとエトリンガイト2) |
ASR |
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骨材に生じたASRによるひび割れ3) |
外部 硫酸塩劣化 |
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MgSO4溶液に浸せきしたモルタルの組織4) |
骨材の 乾燥収縮 |
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凍害 |
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ひび割れの観察結果から,ASRによる損傷を受けたコンクリートの劣化状態を半定量的に評価する手法として,Damage Rating Index(以下DRI)法が提案されています。DRI法のように「観察」によりひび割れを定量的に捉えたデータは,劣化の「解析」に有用となる可能性があります。そこで,試験・分析WGでは,ひび割れを定量的に評価する手法についても文献調査を実施して整理しました。具体的な手法として,デジタル画像からウェーブレット変換を用いた画像解析によってひび割れを抽出し,コンクリート構造物のひび割れ図を半自動的に描画して,ひび割れ長さのヒストグラム,ひび割れ総延長,平均ひび割れ幅,ひび割れ密度を自動で算出する技術が提案されていること等を確認しました。今後,このような最新技術が,コンクリートの劣化解析に応用されることが期待されます。
■硫化鉄含有骨材WG
日本ではこれまで大きな問題として取り上げられてはいませんが,硫化鉄を含有する骨材をコンクリートに使用することで内部膨張破壊やポップアウトの発生が確認されており,後者については日本でも度々報告されることがあります。本WGでは,当該劣化の事例および劣化メカニズムについて取りまとめた他,これまでに提案されているリスク評価手法の妥当性を検証しました。
劣化事例の調査の結果5)から,硫化鉄の中でもピロータイト(pyrrhotite,磁硫鉄鉱)がコンクリート構造物にひび割れを生じさせるような致命的な劣化に強く影響している可能性が示唆されました。硫化鉄含有骨材がコンクリートの内部膨張を引き起こす原因については,ピロータイトが酸化されることでFeを含むサビが形成され,この反応により一次的な膨張が生じるものと考えられます。その後発生する内部膨張については,エトリンガイトやソーマサイト(thaumasite,タウマサイトとも呼ばれる)の析出が影響している可能性がありますが,これに関しては未だ不明な点が残されていることを確認しました。
この硫化鉄含有骨材については,コンクリートに使用した際の安全性を確認する試験が提案されています。本WGでは,硫化鉄含有骨材による劣化の詳細なメカニズムの解明と評価手法の妥当性を検証する目的のもと,モルタルバーによる試験を実施しました6)。試験結果では,モルタル表面におけるポップアウトや,表面から深さ5mm程度までに存在していたピロータイトの酸化が確認された一方で,劣化部においてエトリンガイトやソーマサイトの生成は認められませんでした。また,酸化促進を目的として使用した次亜塩素酸ナトリウムの影響により,モルタル内部の硫酸イオンが最終的に系外に溶出した可能性が考えられことから,本試験ではエトリンガイトやソーマサイトの生成による二次的な膨張を評価することは難しい可能性が示唆されました。
本研究委員会の3年間にわたる調査研究の総括として,下記の日時において「微視的機構に基づくコンクリート構造物中の内部膨張反応の評価および予測に関するシンポジウム」と題して,報告会および論文発表会を開催いたします。委員会活動の成果を報告するとともに,内部膨張反応に関するメカニズム,実験手法および数値解析手法などに関する論文・報告の発表もございます。ふるってご参加くださいますよう,よろしくお願いいたします。
■微視的機構に基づくコンクリート構造物中の内部膨張反応の評価および予測に関するシンポジウム
開催日時:2023年9月22日(金)10:00−17:00
開催方法:ハイブリッド形式(対面+Zoom)
開催場所:東京大学本郷キャンパス 工学部11号館Haseko-Kuma Hall
※開催翌日から1週間の録画の見逃し配信(オンデマンド)も用意します。
プログラム(予定): | |
10:00-10:10 | 開会挨拶および全体概要 |
10:10-10:20 | 設立趣旨と全体概要 |
10:20-10:50 | 基礎理論WG・モデリングWGの報告 |
10:50-11:20 | 試験・分析WGの報告 |
11:20-11:50 | 硫化鉄骨材WGの報告 |
11:50-12:00 | 委員会報告総括・質疑応答 |
12:00-13:00 | <昼食> |
13:00-15:00 | シンポジウム論文発表(その1) |
15:00-15:10 | <休憩> |
15:10-16:40 | シンポジウム論文発表(その2) |
16:40-16:50 | シンポジウム全体質疑 |
16:50-17:00 | 総括および閉会挨拶 |
(内容および時間は,都合により変更することがありますので,あらかじめご了承ください。)
※プログラム・申込方法などの詳細はこちらをご覧ください。
https://www.jci-net.or.jp/j/events/symposium/index.html
※1 微視的機構に基づくコンクリート構造物中の内部膨張評価と予測に関する研究委員会 委員長
※2 同上 幹事
※3 同上 委員・情報コミュニケーション委員会 委員