ホーム > コンクリートについて > 月刊コンクリート技術 > 2019年6月号
シラン系表面含浸材は,施工が簡易でコストが低く,無色透明で維持管理性に優れる特長を有していることから,コンクリート構造物の予防保全対策や経年劣化に対する補修工法として広く適用されています。土木分野では,2005年に「表面保護工法設計施工指針(案)」1)が土木学会から刊行されたことにより,シラン系表面含浸材が汎用されるようになりました。ここでは,シラン系表面含浸材の効果について概説するとともに,現状における課題と解決策について紹介したいと思います。
土木学会から刊行された表面保護工法設計施工指針(案)において、表面保護工法は図-1のように分類されています。その中で表面含浸工法は、図-2のように「シラン系」、「けい酸塩系」、「その他」の3つに分類されています。ここでは、コンクリート構造物の予防保全対策や経年劣化に対する補修工法として広く適用されているシラン系の表面含浸材について紹介します。
図-1 指針(案)で対象とする表面保護工法1) |
図-2 表面含浸材の分類1) |
シランはシリコーン分子の単量体(モノマー)であり,最小の分子であるため,シラン系表面含浸材は非常に浸透性が高いという特徴を有しています。コンクリート表面に塗布することにより表層部に含浸し,表層部を疎水性に改質することで写真-1に示すような高い撥水性を発揮します。水の浸透を抑制する層の状況を写真-2に示します。この層が疎水性を有しており、コンクリート本来の性質である吸水性を大幅に低下させます。そのため,水が移動媒体となる塩化物イオン等の劣化因子のしゃ断性にも優れます。シラン系表面含浸材の塗布状況の一例を写真-3に示します。ローラーやエアスプレーで簡易に塗布することができます。塗布後は無色透明になり,美観を損ねることはありません。
写真-1 撥水状況 |
写真-2 水の浸透を抑制する層の例 |
写真-3 シラン系表面含浸材の塗布状況の例 |
塩化物イオンの浸透抑制の効果を示す一例として,図-3に塩水の乾湿繰返し試験の結果を示しています2)。シラン系表面含浸材を塗布しないコンクリートは表面付近で最大で8kg/m3程度も塩化物イオンが浸透しています。2017年制定コンクリート標準示方書[設計編]3)で示されているコンクリート表面塩化物イオン濃度が飛沫帯で13kg/m3であることを考慮すると,相当量の塩化物イオンが浸透していると考えられます。一方で,シラン系表面含浸材を塗布したコンクリートには塩化物イオンがほとんど浸透していないことが確認できます。
図-3 シラン系表面含浸材による遮塩性向上効果 |
今から遡ること十数年前,土木研究所や土木学会,JR東日本などによって土木構造物にシラン系表面含浸材を適用するための研究や統一的な評価がなされました例えば4),5)。その際,シラン系表面含浸材の適用先として最もニーズが高かったのは,経年劣化したコンクリート構造物の補修用途でありました。すなわち,シラン系表面含浸材の研究開発では,その適用先として,建設から数十年を経過して表面が劣化しているコンクリートや,そもそも施工当初から緻密ではなく,経年劣化してしまうコンクリートが想定されることが多いのが実状でした。そのため,材料によってコンクリートへの含浸性に大きな違いがありながらも,そのことが課題になることは少なく,それぞれの材料が実績を増やしてきました。
しかし,その後,シラン系表面含浸材の耐久性向上効果や適用性が広く認識されることとなり,新設構造物にも適用が拡大されていきました。また,寒冷地におけるスケーリング対策など,より厳しい環境条件における適用性評価が進められました6)。その結果,水セメント比が低い新設のプレストレストコンクリートや,より高い含浸性が求められる寒冷地仕様のコンクリートに適用したいという新たなニーズが生まれることとなりました。
シラン系は,浸透性は高い反面,揮発しやすいという欠点があり,含浸深さを向上させることは困難です。一方で,シラン系表面含浸材の中でも,シリコーン分子の高分子(ポリマー)であるシロキサンがあります。浸透性はシランほどではありませんが揮発しにくく,コンクリート表層に固着してシリコーンのネットワークを形成します。上記のシランとシロキサンを混合することで浸透性を維持しつつ、揮発しにくいシラン・シロキサン系と称される材料の開発が進められました7),8)。シラン・シロキサン系表面含浸材は,シランとシロキサンの混合割合などを調整することで,図-4に示すように6mm以上の含浸深さを得ることができます。
図-4 シラン・シロキサン系の表面含浸材の含浸深さ |
次に,シラン・シロキサン系表面含浸材の長期耐久性について紹介します。シラン・シロキサン系の表面含浸材を塗布したコンクリートを北海道の日本海側に位置する北海道石狩市浜益区の沿岸部に暴露試験を実施しています9)。この場所は、汀線より数メートルの距離にあることから多量の塩分が飛来します。また、気象庁の気象統計情報によれば、凍結融解回数は年間あたり65回程度となり、凍結融解作用も受ける複合劣化環境下です。暴露試験状況を写真-4に示します。写真-5に示すように,暴露10年目において、シラン・シロキサン系表面含浸材を塗布したコンクリートは,塗布しないコンクリートよりも吸水を抑制する状況が認められたことが報告されています。また,図-5に示すように,暴露10年目においても、コンクリート表面の含浸層が消失せずに存在していたことが確認されています。また,図-6に示すように,シラン・シロキサン系表面含浸材を塗布したコンクリートは見掛けの密度が軽くなっており,これは外部からの水の浸透が抑制され,内部の水分が水蒸気と放出しているためと考えられ、暴露10年目においても、吸水防止性能を維持していることが確認されています。
こうした長期耐久性に関するデータは多くないのが現状ですが,継続的に長期耐久性に関するデータを収集し,長期耐久性に優れた材料やその特徴に関する知見の整理を進めることが必要と考えています。
写真-4 暴露試験状況 |
塗布無し |
塗布有り |
写真-5 シラン・シロキサン系の表面含浸材の吸水抑制効果 |
図-5 シラン・シロキサン系の表面含浸材の含浸深さ |
図-6 シラン・シロキサン系の表面含浸材の供試体重量 |
近年,シラン・シロキサン系表面含浸材の適用が拡大する中で、長期耐久性のデータも拡充しつつあり、より適用が拡大すると思われます。今後もシラン・シロキサン系表面含浸材が,その特性を活かしつつ,ますますコンクリート構造物の耐久性向上に寄与していくことを期待したいと思います。