ホーム > コンクリートについて > 月刊コンクリート技術 > 2017年9月号
わが国日本は,4方を海に囲まれているため,飛来した塩分によるコンクリート構造物の塩害が大きな課題とされています1)。塩害は,沿岸構造物だけでなく,寒冷地の内陸部においても凍結防止剤の散布が原因となって生じる事例報告2)が数多くあります。コンクリート構造物において,鉄筋腐食による劣化損傷が顕在化した場合,多くの構造物は,その時点で本来有している耐力が大きく損なわれており,機能回復のための補修や補強には多大な費用と労力がかかってしまいます。そのため,鉄筋の腐食による構造物の劣化が進展する前に,その兆候を迅速かつ的確に捉える(検知する)ことが重要となります。ここでは,近年,技術発展の目覚しいセンサやセンシング技術を用いた非破壊による鉄筋腐食の検知システムについて紹介いたします。
社会インフラへの実質投資額は,1970年代から1990年代中頃までの高度成長期や円高景気やバブル景気を経て,十兆円を超える規模で右肩上がりに推移しています。また,そのストック額は,2010年度には約800兆円にのぼり,平均築年数も30~40年を経過しているため,十数年後には耐用年数を大幅に超える構造物が増大することになります。これら社会インフラの維持管理・更新に従来通りの費用支出を継続すると仮定した場合,2030年代の中頃には,投資総額を上回り,その額は現在の維持管理・更新費の約2倍になると予想されています3)。国土交通省においても,高齢化時代を迎えた社会資本に対しての予防保全対策を考慮し,ライフサイクルコストの低減を図ることに取り組んでいます。中でもコンクリート構造物は,塩害や中性化,アルカリシリカ反応(ASR)のほか,凍害や荷重による疲労など様々な原因によって劣化や変状が生じることから予防保全対策は特に重要視されます。現在,コンクリート構造物の調査・診断には,目視点検によるひび割れ計測やコンクリートコアの採取,化学分析などが行われています。しかし,今後は,調査・診断の対象となる構造物が膨大となるため,簡便かつ構造物に極力ダメージを与えない非破壊検査の積極的活用が望まれています。
現在考案されている電気化学的計測手法の概要について,物理化学的解釈に基づく電気化学的計測手法の体系化に関する研究委員会報告書4)を参考に作成した表-1に示します。この中で,コンクリート構造物の鉄筋腐食を評価する代表的な技術としては,規格化され,広く一般的に用いられている方法として自然電位法がありますが,自然電位法以外に実用化されている方法は少なく,そのために,新しい診断技術の確立が求められていました。
試験方法 | コンクリート分野への適用 | |
自然電位 | ASTM C 876 JSCE-E 601-2007 |
コンクリート中鉄筋の腐食モニタリング |
分極抵抗 | 直接分極法 交流インピーダンス法ほか |
腐食速度(腐食電流密度)と反比例の関係にある分極抵抗を利用し,鉄筋の腐食速度を推定 |
分極曲線 | アノード分極曲線とカソード分極曲線の交点から腐食電位と腐食電流を算出 | 鉄筋のミクロセルおよびマクロセル腐食速度解析 |
磁粉探傷試験 | 試験体を磁化し,欠陥部から漏れ出た磁束に磁粉を吸着させて欠陥を検出 | 鉄筋破断の検出,鉄筋腐食評価 |
浸透深傷試験 | ひび割れの隙間に浸透した浸透液を現像剤で表面に吸い上げて欠陥を検出 | |
渦電流探傷試験 | 電磁誘導法 | コンクリート中の鉄筋位置の測定,鉄筋のかぶり,鉄筋の直径 |
その他の 電気化学的手法 |
電気化学ノイズ法 | 局部腐食の検出 |
電気化学水素透過測定法 | 水素発生速度から炭素鋼の腐食速度を測定 | |
大気腐食評価(モニタリング)
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大気中にさらされる鋼構造物部材や部位の腐食環境の評価 |
土木学会において規格化されている自然電位法5)は,構造物内の鉄筋腐食に伴う自然電位の変化を照合電極により計測する手法であり,一般的に普及している方法です。一方で,近年では,センサを用いた様々な鉄筋腐食モニタリングに関する技術が登場しています。その一部を表-2に示します。
計測原理 | ||||
鋼材の 自然電位変化 |
鋼材と 対極板の電位変化 |
電圧変化 (抵抗) |
センサ断線による 抵抗変化 |
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種類 | (注1) |
(注2) |
(注3) |
(注4) |
自然電位計測 | センサA | センサB | センサC | |
計測機器・ 方法 |
照合電極、テスタ | テスタ | 専用機、テスタ | リーダーライタ |
特長 |
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課題 |
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注1)Mk scientific, Inc. コンクリート試験Half-Cell 200(腐食検査),
http://www.mksci.com/products/detail/712.html, (2017.6.19確認)
注2)株式会社マルイGBRC腐食試験法埋設型ミニセンサー,
https://www.marui-group.co.jp/products/items3_1/item3_1_20/, (2017.6.19確認)
注3)日本防蝕工業株式会社チタントレイ方式による電気防食工法腐食センサ(CS5)
http://www.nitibo.co.jp/business/g01/g012/, (2017.6.19確認)
注4)太平洋セメント株式会社RFID構造診断技術,
http://www.taiheiyo-cement.co.jp/rd/rfid/fushoku/index.html , (2017.6.19確認)
センサを利用した技術は,コンクリート構造物内にセンサを設置することで,鉄筋腐食の可能性や腐
食環境の進展を非破壊で検知することができます。現在,数種類のセンサが販売されています。
例えば,センサAは,鋼材と対極板との電位変化を捉えることで鉄筋腐食のモニタリングが可能となっており,一般財団法人日本建築総合試験所(GBRC)の腐食試験方法として提案されるなどの実績があります。
センサBは,センサ内の模擬鉄筋の切断による鉄線両線の電位差を捉えることで腐食因子の浸透深さを検知することができます。浸透深さと時間の関係から腐食進展を予測することもできます。
センサCは,センサB同様に,センサ内に模擬鉄筋を有しており,模擬鉄筋の切断による抵抗の変化を捉えることで腐食環境の進行を捉えることが可能となっています。なお,センサCは,自然電位法やセンサA,センサBとは異なり,構造物からケーブルなどが露出することがないといった特長があり,計測に必要な電源は無線電波により与えるパッシブ型のRFID(Radio Frequency Identifier)技術を用いているため,長期的なモニタリングにも適しているとされています。いずれのセンサにおいても,新設,既設構造物問わず,設置・計測が可能であり,今後の鉄筋腐食のモニタリングには有用であると考えられています。
ここでは,一例としてセンサAとセンサCの施工事例を紹介します。センサAについては,上記したとおり,GBRC腐食試験方法として提案6)されており,センサAを用いた遠隔鉄筋腐食モニタリングシステム(図-1)として,既設構造物の補修を行う際に適用された事例(図-2)が紹介されています。このセンサAによるモニタリングシステムについては,今後も計測を継続し,評価結果の推移を踏まえながらその有用性を確認することとしています7)。
図-1 センサAを用いた遠隔鉄筋腐食モニタリングシステム7) |
図-2 センサAの適用事例(民間鉄道会社の高架橋(施工:昭和52年))7) |
センサCについては,沿岸構造物や寒冷地での凍結防止剤散布による塩害などの危険性がある地域等で,建築・土木及び新設・既設を問わず適用されています。
センサCを用いたRFID技術による腐食環境モニタリングシステム8)の概要を図-3に,また,センサCの適用事例を図-4に示します。センサCは,実際の鉄筋が腐食する前に腐食環境の進展を検知することができるほか,コンクリート構造物の補修時にセンサを設置することで,補修効果の確認をすることもできます。センサCは,港湾の建築構造物やプレストレス橋桁への適用事例9)があり,いずれも,塩害劣化に対する予防保全を目的としており,定期的な計測による経過観察が行われています。
図-3 センサCを用いた腐食環境モニタリングシステム8) |
図-4 センサCの適用事例(建築構造物及び橋桁への施工事例)9) |
今回は,コンクリート構造物の鉄筋腐食をセンシングする代表的な技術について紹介しました。ここで取り上げた技術は,計測対象は異なるものの,鉄筋が腐食する際の電気的特性の変化に着目した技術であり,新設・既設構造物問わず適用することができます。また,これらのセンサ及びセンシング技術を含めた非破壊検査技術は,構造物の劣化が顕在化する前に内部の状況を把握できることから,社会インフラの今後の予防保全的な維持・管理技術,実用化可能な調査・診断技術として更なる普及・拡大が期待されています。
また,現在,内閣府の施策である「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)」10)においても,インフラ維持管理・更新・マネジメント技術を取り上げており,その中で,非破壊検査等による点検技術の開発や導入,維持管理に対するITを利用した先端的技術の適用性研究など,官民挙げての様々な取組みが推進されています。