日本コンクリート工学会50年のあゆみ

第1編 沿革

1. 創立

1961年、わが国では日本のACI 会員の有志が国内のACI 会員たちに呼び掛けを行い、ACI の第6番目の支部という形で「日本ACI」(AmericanConcrete Institute Japan Chapter)を設置し、支部長に武藤清博士、副支部長に國分正胤博士を選出した。支部設置当時の国内のACI 会員数は定かでないが、1963年4月時点では142人であった。

これより先、国内では、日本建築学会と土木学会がそれぞれ浜田稔博士と國分博士を代表委員とする合同会議を開き、鉄筋コンクリート工事標準仕様書とコンクリート標準示方書の用語を統一させるために数回の審議を重ねており、その成果が両学会誌に発表されている。また、1963年11月には、将来の国際的呼び掛けに対応するわが国のコンクリート工学関係者の統一組織の必要性に鑑み、日本建築学会と土木学会の関係者が協調して「コンクリート連合委員会」(Japan Concrete Committee、JCC)を設けて、それぞれ武藤博士と國分博士を代表委員とし、国内における土木・建築のコンクリートに関する諸問題を可能な限り共通の場において処理する努力を続けていた。

1964年2月、ACI 会長Roger H. Corbetta が来日して、ACI の国際機構〔International Committee(Council)of Concrete Organizations〕の設立構想が伝えられた。「日本ACI」と「JCC」はこれを受けて、国際組織に参加する日本の代表について検討を始め、同年6月の「JCC」の提案によって、建設省をはじめ土木学会、日本建築学会およびプレストレストコンクリート、セメント、鉄鋼等のコンクリート工学の関係者たちが数次に渡る懇談を重ねた結果、関係学・協会、企業、専門家などの賛意を得て「日本コンクリート会議設立懇談会」を発足させ、翌1965年1月14日に設立準備委員会を設けて、設立趣意書、定款の起草、設立発起人などの具体的な作業が進められた。

1965年7月12日、東京四谷の土木学会図書館講堂において、設立発起人総会が開催され、それに引続いて開催された設立総会において定款を原案どおり可決承認し、ここに任意団体としての「日本コンクリート会議」(Japan National Council on Concrete−JANACC)が誕生した。(「日本コンクリート会議」の設立によって「日本ACI」および「JCC」は解消となり、同日が本会の創立記念日となった。)

「日本コンクリート会議」の初代会長には東京大学名誉教授武藤清博士、副会長には東京大学教授國分正胤博士が選出され、また理事21名、監事2名が選任された。事務所は東京都港区芝公園の芝パークホテルに置かれ、協会活動が始った。初年度1966年3月末日の会員数は、正会員676人、団体会員166団体、会員総数842人であった。

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