日本コンクリート工学会50年のあゆみ

第2編 組織

1. 定款

1965年(昭和40年)7月12日の設立当初の定款は、その母体になった日本ACI の1965年6月7日及び7月9日の理事会において最終の詰めが行われ、可決成立したのであった。一方8月2日に学士会館本館にて行われた日本ACI の臨時総会において、日本コンクリート会議の設立によって、日本ACI は発展的解消をすることが決議された。

設立当時は任意団体であり、現在の定款の基礎となっているものとは異なり、11章からなり、特徴として、団体会員に主力がおかれ、コンクリートに関連のある公共機関または学協会を第1種、本会の目的、事業を賛助する団体を第2種とし、コンクリートに特に関心を有する個人を個人会員とする考え方であった。

日本コンクリート会議設立までのいきさつについては、日本ACI 事務局長であった田中正己氏が会誌のコンクリートジャーナル1965年9月号(Vol.3、No.5)に書かれており、1964年6月頃から定款の草案は起草され、1965年2月19日の設立準備実行委員会のための資料が作成されていった。

ちなみに日本ACI 発足後1年後の1963年1月末の会員数は正会員107人、準会員4人、学生会員7人、賛助会員38社であった。これに対し、日本コンクリート会議設立総会直後の7月31日迄の申込みは、第1種団体会員7団体、第2種団体会員28団体、個人会員317人であった。この最初の定款は日本コンクリート会議を社団法人化するために書き改められ、1967年(昭和42年)4月25日の臨時総会において承認可決の上、11月16日に建設大臣の認可を得て、本会の基本となる定款として確立した。さらに2011年に公益社団法人へ移行する際にも、定款その他の必要な規定・対策の決定がなされ、それ以来、本会の発展とともに部分的な改正が行われて今日に至っている。

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